大阪地方裁判所 昭和39年(行ウ)3号 判決 1966年5月30日
原告 大阪銘板株式会社
被告 東成税務署長
訴訟代理人 川井重男 外三名
主文
昭和三八年(行)第五二号事件につき
被告が昭和三七年六月二八日付でなした原告の
昭和三三年八月一日から昭和三四年七月二〇日までの事業年度にかかる法人税につきその所得金額を金三七、七〇六、五〇〇円とする再更正決定のうち所得金額金三七、〇四〇、二〇〇円を超える部分
昭和三四年七月二一日から昭和三五年七月二〇日までの事業年度にかかる法人税につきその所得金額を金九一、九五〇、三〇〇円とする再更正決定のうち所得金額金九一、一一〇、〇〇〇円を超える部分
昭和三五年七月二一日から昭和三六年七月二〇日までの事業年度にかかる法人税につきその所得金額を金七九、九九一、六〇〇円とする再更正決定のうち、所得金額金七八、八二七、一〇〇円を超える部分
はいずれもこれを取消す。
昭和三九年(行ウ)第三号事件につき
被告が昭和三八年二月二七日付でなした原告の昭和三六年七月二一日から昭和三七年七月二〇日までの事業年度にかかる法人税につき、その所得金額を金九三、三二五、七五〇円とする更正決定のうち所得金額金九一、六一六、九五〇円を超える部分はこれを取消す
訴訟費用は右両事件を通じて、これを二分しその一を原告の負担、その余を被告の負担とする。
事実
第一、申立
(原告の求める裁判)
一、昭和三八年(行)第五二号事件につき、
被告が昭和三七年六月二八日付でなした原告の昭和三三年八月一日から昭和三四年七月二〇日までの事業年度にかかる法人税につきその所得金額を金三七、七〇六、五〇〇円とする再更正決定のうち所得金額金三六、三七三、九〇〇円を超える部分
昭和三四年七月二一日から昭和三五年七月二〇日までの事業年度にかかる法人税につきその所得金額を金九一、九五〇、三〇〇円とする再更正決定のうち所得金額金九〇、四二九、六〇〇円を超える部分
昭和三五年七月二一日から昭和三六年七月二〇日までの事業年度にかかる法人税につきその所得金額を金七九、九九一、六〇〇円とする再更正決定のうち、所得金額金七七、八三九、一七五円を超える部分
はいずれもこれを取消す
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決
二、昭和三九年(行ウ)第三号事件につき、
被告が昭和三八年二月二七日付でなした原告の昭和三六年七月二一日から昭和三七年七月二〇日までの事業年度にかかる法人税につきその所得金額を金九三、三二五、七五〇円とする更正決定のうち所得金額金八九、九〇八、一五〇円を超える部分はこれを取消す、
訴訟費用は被告の負担とする
との判決。
(被告の求める裁判)
原告の請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする
との判決。
第二、主張
(請求原因)
一、原告会社は被告に対し、別表一記載(ロ)の日付で、同(イ)の各事業年度にかかる法人税につき、その所得金額、留保金額、法人税額を同(ハ)のごとく確定申告又は修正確定申告したところ、被告は同(ニ)の日付で同(ホ)、(ヘ)のごとき内容の更正又は再更正決定(以下単に本件処分ともいう)ならびに過少申告加算税賦課決定をなし、そのころ、原告会社に通知した。
二、そこで原告会社は右更正又は再更正決定中、別表一記載(リ)の金額を超える部分を不服として同(ト)の日付で同(チ)のごとき不服申立をなしたところ、そのうち、再調査請求および異議申立については同(ヌ)のごとき経過で訴外大阪国税局長(以下単に訴外局長という)に対する審査請求とみなされ、訴外局長は同(ヲ)の日付でそれぞれ右各審査請求を棄却する旨の裁決をなし、同(ワ)の日時に原告会社に通知した。
三、しかしながら原告会社の別表一記載(イ)の各事業年度の各所得金額は同(カ)のとおりであり、前記更正又は再更正決定のうち、右各金額を超える部分はいずれも違法であるから取消されるべきである。
(答弁と主張)
一、請求原因一、二の事実は認める。同三の事実は争う。
二、被告の主張
原告会社の昭和三三年八月一日から昭和三四年七月二〇日にいたる事業年度(以下単に第一事業年度という)昭和三四年七月二一日から昭和三五年七月二〇日にいたる事業年度(以下単に第二事業年度という)昭和三五年七月二一日から昭和三六年七月二〇日にいたる事業年度(以下単に第三事業年度という)昭和三六年七月二一日から昭和三七年七月二〇日にいたる事業年度(以下単に第四事業年度という)の所得金額について、被告のなしたその課税内容は別表三の(1)欄記載のとおりである。
原告は右各事業年度において、当時原告会社の取締役であつた訴外山口光、同山口栄、同伊藤金一郎、同上田一郎(以下単に山口光ら四名という)に対し、使用人賞与名下に別表二記載のとおりの金額を支給して、これを損金に計上していたが山口光ら四名に対し支給された金員は役員である者に支給された役員賞与であつて損金とは認められないから、被告はこれを否認し、原告の申告所得金額に加算(益金計上)すべきものとしたのである、更に別表三の(1)欄記載の如く各事業年度において加算、減算すべき金額があつたので、これらの金額をもすべて原告の各事業年度の申告所得金額に加算、減算して原告主張どおりの再更正決定若しくは更正決定をしたものである。
(被告の主張に対する原告の答弁と反論)
一、被告主張事実のうち、第一ないし第四事業年度の所得金額について各事業年度の原告の申告所得金額に加算又は減算すべき各金額(但し使用人賞与名下に別表二記載の山口光ら四名に支給した金額が益金として加算さるべきとの点を除き)の存することは認める。(原告の認否別表三の(2)欄記載のとおり)
二、山口光ら四名に支給した賞与は使用人賞与である。
すなわち、山口光、伊藤金一郎、上田一郎は第一ないし第四事業年度を通じ、山口栄は第一事業年度においていずれも原告会社の取締役(いわゆる平取締役)であつたが、(以下単に山口光ら四名が各該当事業年度において取締役員であつたというときは上の事実を指すものとする)一方山口光は本社工場長、伊藤金一郎は稲田工場長として、工場管理、作業計画、指導監督、等にあたり、山口栄は本社倉庫係長、上田一郎は稲田工場倉庫係長として倉庫の管理、原材料の搬出搬入等の事務を掌握し、いずれも使用人としての地位を有し、その勤務条件ないし状況は他の使用人と全く異らないものであり、同人らに支給された前記賞与は使用人としての労務の提供に対する反対給付であり、損金と認められるべきである。
(被告の反駁)
一、本件各事業年度を通じ山口光ら四名が原告主張のごとき地位にあつたことは認める。その勤務内容状況については不知。
二、かりに山口光らが本件各事業年度において名実ともに使用人としての地位を有していたとしても、同人らに支給された前記各金員は使用人賞与とは認められない。すなわち、昭和三四年ないし昭和三七年当時施行の旧法人税法施行規則(昭和三四年政令第八六号、以下単に規則というときはこれを指す)第一〇条の三第六項は総益金総損金の細目的事項の一つである過大な役員報酬、役員賞与等を損金に算入しない(規則第一〇条の三第一項、第一〇条の四)こととの関連において、使用人としての職務を有する役員として、損金算入の認められる使用人分の賞与を受けうる役員(以下単に使用人兼務役員という)の範囲を定めているが、同族会社の役員のうち、その会社が同族会社か否かの判定の基礎となる株主および社員又はこれらの者の同族関係者(昭和三四年ないし昭和三七年当時施行の旧法人税法(以下単に法人税法というときは上の旧法人税法を指す)第七条の二第一項第一号にいう同族関係者をいう。以下同じ)は右使用人兼務役員と認められる役員の範囲には含まれていないからこれらのものに対する賞与は税法上は使用人分の賞与とは認められずすべて役員賞与となる。
三、本件についてこれをみると、(イ)原告会社は本件各事業年度を通じて同族会社である。例えば、本件各事業年度を通じ訴外山口巖一(原告の代表取締役)およびその同族関係者(山口光………第一、二事業年度二一、六二〇株、第三事業年度二二、七二〇株、山口栄………第一事業年度一六、一六〇株をも含む)。訴外伊藤金一郎およびその同族関係者ならびに訴外上田一郎およびその同族関係者の三名で原告会社の発行済総株式数の八二%ないし八五%を有し、あるいは、訴外山口敏子およびその同族関係者(山口光、山口栄は山口敏子の夫山口巖一の弟、上田一郎は山口敏子の弟、伊藤金一郎は山口敏子の姉妹の夫である)が原告会社の発行済総株式数の八二%ないし八五%を有し、いずれの点からみても同族会社である。(ロ)山口光、伊藤金一郎、上田一郎は第一ないし第四事業年度を通じ、山口栄は第一事業年度において、それぞれ原告会社の役員(取締役)である。(ハ)山口光ら四名は前記(イ)のとおり、いずれも原告会社が同族会社か否かを判定する際の判定の基礎となる株主もしくはその同族関係者である。
従つて山口光ら四名が原告主張のごとく、工場長あるいは倉庫係長という使用人としての職制上の地位を有し、かつ事実上常時使用人としての職務に従事していたとしても、山口光ら三名は本件各事業年度を通じて、山口栄は第一事業年度において、いずれも使用人兼務役員とは認められず、(規則第一〇条の三、第六項第四号該当)同人らに支給された賞与は役員賞与であつて損金とは認められない(規則第一〇条の四)から、その損金計上を否認した被告の本件処分は適法であり、原告主張の違法は存在しない。
(右の主張に対する原告の応答)
一、被告主張二は争い、三の(イ)(ロ)(ハ)の事実(原告会社が同族会社か否かを判定する際の判定の基礎となる株主もしくはその同族関係者であること)は認める。
二、しかしながら、被告が本件処分の根拠とする規則第一〇条の三、第六項第四号は法人税法第九条第一項に違反し昭和三四年法律第一九六号による改正前の同条第七項(改正後の同条第八項、但し現行法では第二二条)(以下単に第七項という)の委任の範囲を超えた違法な規定である。すなわち、会計原則上、損金益金の解釈は、その本質を探究して決すべきであり、同族会社においても同様であるところ、山口光らに支給した前記金員は使用人としての役務の提供に対する反対給付として支給されたものであり、原告会社の営業活動に必要な経費であつて、当然損金と認められるべきものであるに拘らず、規則第一〇条の三第六項は同族会社か否かの判定の基礎となる役員に支給した賞与は、その役員が従事している職務内容のいかんにかかわらずすべて劃一的に益金処分にすべきものと規定したものであつて、会計原則および判例ならびに租税法律主義を定めた憲法第八四条に違反するものであり、法律の委任の範囲を超えるものである。したがつて、右規則第一〇の三、第六項にもとずく本件処分は違法な処分というべきである。
なお、法人税法第九条第七項の規定は、第九条第一項の所得の計算に関してのみ必要な事項を命令に委任することができることを定めたものにすぎず法人税法第九条第七項を前記規則の根拠とすることはできない。
また、被告の本件処分は租税法律主義の原則に違反し、単なる規則を法律より重視し、且つ右規則の解釈適用を誤つた違法がある。すなわち、税務会計上、損金益金の解釈は同族会社においても、規則のみによつて決定されるべきものではなく、金員の性質ないしは本質を重視すべきであるから、前述のごとく本件賞与が使用人としての役務に対する給付として支給されたものであつて、実質上営業活動に必要な費用である場合には、当然損金と認むべきであるに拘らず、被告は右支給金員の本質を把握する努力を惜しみ、規則第一〇条の三第六項第四号を不法に拡大解釈適用して、同族会社である限りその判定の基礎となる役員に支給した賞与は、その役員が従事担当している職務内容等のいかんにかかわらず、すべて劃一的に益金処分すべきものと遽かに判定し、結局法第九条第一項に違反して損金と認むべきものを益金と誤認して、本件更正又は再更正処分をなしたものであるが、租税法の解釈は租税法律主義により厳格に解釈すべきであつて、重要な納税義務の内容を命令(規則)によつて伸縮増減しうるがごとき結果を招来する法律の運用又は解釈は到底許されない。
三、被告は同族会社の判定の基礎となる株主およびその同族関係者として、原告会社社長山口巖一を中心として原告会社が同族会社か否かを判定しているが、伊藤金一郎又は上田一郎を中心として同族会社か否かの判定をし、かつ法人税法第七条の二第一項第一号を適用すれば、山口栄、山口光は同族会社か否かを判定する際の判定の基礎となる株主およびその親族又は同族関係者から除かれることもあり、山口巖一を中心として法人税法第七条の二第一項第一号の「三人以下」を一人又は二人とすれば伊藤金一郎は判定の基礎たる株主から除かれることとなる。同族会社の判定には法人税法第七条の二、第一項第二号又は第三号を必ずしも適用することを要しないものであるがその法人税法第七条の二第一項から右のように解釈することができると共に、租税を課する上において不必要に法を拡張解釈したり、適用方法如何によつて納税者に不利益を及ぼす場合には既述のごとく租税法律主義および租税法の解釈原理から厳格に解すべきであり、疑わしきものとして課税すべきでない。
四、かりに以上の原告主張が理由がないとしても、第一事業年度に山口光ら四名に対し支給された金員が損金であることを否認するのは次の理由により許されない。
すなわち、原告会社は昭和三三年八月一日より第一事業年度を開始していたところ、昭和三四年四月一日にいたり規則(第一〇条の三第六項第四号)が施行されることとなつた。ところで法律の遡及的適用は法律の特別規定によらなければならないことは法律解釈の確定した基本原則である。しかるに本件のごとく右特別規定を俟たずに前記規則制定前に支給した第一事業年度の賞与につき同規則を遡及的に適用することは、会社の重要なる原価計算の基礎を危くし、企業の安泰をおびやかすものであつて到底許さるべくもない(却つて規則第一〇条の三第六項制定前は使用人賞与として損金処理が認められていた)。しかも被告が第一事業年度の申告に対し再更正決定をしたのは前記のとおり昭和三七年六月二八日であつて、被告の右損金否認処分は余りにも時機に遅れ、原告会社の決算および利益計算ならびにその配分後であつて、原告のごとき企業の会計処理ひいては企業の経済基礎に脅威を与えるものであり到底許さるべくもない。
(右の主張に対する被告の反論)
一、法人税施行規則第一〇条の三第六項の合憲性について、現代国家においては、迅速かつ複雑に変化する社会的経済的事象に対処してこれを有効適切に規律するために、法律には形式的抽象的な根拠又は基準のみを定め、その実質的具体的な内容はこれを命令に委任し、命令によつて定める例が多いのであるが特に複雑多岐にわたり急速に推移変遷する経済事象に、時宣を失せず有効適切に対処し、もつて課税の公平をはかる必要のある租税法規においては、納税義務者、課税標準、納税手続等の基本的事項はこれを法律で定めるが、それらの細目的事項についてはこれを命令に委ね、命令で定めることは極めて必要なことであるといわなければならない。法人税法は、その第九条第一項において、法人税の課税標準を「各事業年度の総益金から総損金を控除した金額」と定め、同条第七項で「第一項の所得の計算に関し必要な事項は命令で定める」と規定し右の総益金、総損金についての必要な細目的事項は命令に委任し、命令でこれを定めることとしているのであつて、規則第一〇条の三第六項は、右の法第九条第七項の委任に基いて定められた命令である。
そして規則第一〇条の三第六項第四号は、同族会社か否かの判定の際その判定の基礎となる株主もしくは社員又はこれらのものの同族関係者はその会社の大株主もしくは社員(三人で五〇%以上、四人で六〇%以上、五人で七〇%以上の株式を所有し、もしくは出資金額を有する)およびその親族又は同族関係者であつて、いずれもその会社を支配することが可能な地位にあるもので本来その会社の主宰者であるとみるのが相当であるのみならず、役員の職務と使用人の職務とは明確に区別することは困難であつて、かりに右役員が使用人と同様な職務に従事したとしても、それは自ら業務執行担当の役員としてその職務に従事したものとみるのが社会通念に合致するとの合理的な考えに基くものである。
二、原告主張四の事実は争う。第一事業年度における支給金員の損金否認は法人税法施行規則(昭和三四年政令第八六号)附則第二項に基づくものであつて適法である。
第三、証拠<省略>
理由
一、請求原因一、二の事実は当事者間に争いがない。なお、被告主張のうち被告が主張する如く、第一ないし第四事業年度の所得金額について、各事業年度の原告の申告所得金額に加算又は減算すべき各金額(但し使用人賞与名下に別表二記載の山口光ら四名に支給した金額は除く)の存することは当事者間に争のないところである。
二、そこで。原告会社が別表二記載の如く使用人賞与名下に山口光ら四名に第一事業年度に支給した合計金一、三三二、六四〇円および山口光ら三名に第二ないし第四事業年度に各支給した合計金一、六八〇、六七二円、同金二、三二九、〇〇〇円、同金三、四一七、六〇〇円が役員賞与として各事業年度における所得額算出上益金として原告の申告所得金額に加算計上さるべきか否かについて判断する。もちろん原告が別表二記載の如く、山口光ら四名にそれぞれ金員を支給したことは当事者間に争いのないところである。しかし、被告は、山口光ら四名は各該当事業年度において原告会社の取締役員であるから、原告会社が同人らに使用人賞与名下に支給した前記金員は役員賞与と認むべきものであり、本件各事業年度の所得額算出上益金に計上されるべきものであると主張し、原告は、山口光ら四名は本件各事業年度を通じ、それぞれ平取締役ではあつたが使用人をも兼ねてその職務を担当していたもので右各金員は使用人賞与として支給され損金に計上されるべきものであると主張する。
ところで各該当事業年度において、山口光ら四名が平取締役員であるかたわら山口栄は原告の本社倉庫係長、山口光は本社工場長、伊藤金一郎は稲田工場長、上田一郎は稲田工場倉庫係長としての職制上の使用人の地位をも兼ねていたことは被告においても認めるところであるし、なお証人山口光、同山口栄、同伊藤金一郎、同上田一郎、同中村富吉、同森安敬一の各証言に弁論の全趣旨を綜合すると、山口光は本件各事業年度を通じて本社工場長を勤め、休日を除く出勤日には右工場に常時出勤して工場管理、作業計画立案監督、技術指導等の任務にあたり、その勤務時間は午前八時から午後五時までであつたこと、山口栄は第一事業年度において、本社工場倉庫係長を勤め常時出勤して倉庫管理、資材製品の搬入搬出の管理、同記帳事務等を掌握し、勤務時間は午前八時から午後八時までであつたこと、伊藤金一郎は、昭和三三年から同三五年までは原告会社の技術部長、同月以降は稲田工場長を勤めて常時出勤し工場管理、作業計画立案監督、技術指導にあたり、その勤務時間は午前八時から午後五時までであつたこと、上田一郎は昭和三三年八月から同三六年七月までは機械主任で工員の技術指導および監督にあたり、昭和三六年八月からは稲田工場倉庫係長として倉庫管理資材製品の搬入搬出の管理、同記帳事務等を掌握し常時出勤しその勤務時間は午前八時から午後八時までであつたこと、右山口光ら四名はその出社退社時刻も備付けのタイムレコーダーにより記録していたこと、またその勤務条件ないし状況は他の同等の地位職種にある役員を兼ねない一般の使用人と殆んど異らなかつたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。
そうだとすると、山口光ら四名は各該当事業年度において、原告会社の平取締役ではあるが、役員としては業務執行の権限を有せず、代表取締役の業務執行の補助者すなわち、他の業務執行担当役員の指揮監督の下に職制上使用人としての地位を有し、かつ常時使用人としての職務に従事していたものというべきである。
しかして一般に法人が使用人に支払う賞与は営業上の必要の費用としてその所得金額の決定上これを損金に算入さるべきであるが、山口光ら四名は平取締役を兼ねていたのであるから、原告が使用人職務を兼務していた山口光ら四名の役員に支給した前記賞与は他の同地位程度の使用人の賞与の額と比較考量して、そのうち使用人分としての賞与金額が定まれば、その金額は原告の各事業年度における経営上の必要経費としてその所得金額算出上損金に計上し得べき筈である。ところが被告は、更らに、取締役山口栄は第一事業年度において、山口光、伊藤金一郎上田一郎は第一ないし第四事業年度においていずれも原告が同族会社か否かの判定の基礎となる株主もしくはその同族関係者であつて規則第一〇条の三第六項第四号により使用人を兼務しうる役員とは認められないから同人らに支給された賞与は使用人賞与と認められるべきものではない(規則第一〇条の四本文)と主張し、原告は右規則は憲法第八四条、法人税法第九条第一項に違反し、同条第七項の委任の範囲を超えた違法な規定であると主張する。なるほど、山口光ら四名がそれぞれ各事業年度において被告が主張する如く、原告が同族会社か否かの判定の基礎となる株主若しくはその同族関係者であることは原告において認めるところである。
しかし、被告主張の規則第一〇条の三は法人税法第九条第七項(昭和三四年法律第一九六号による改正前のもの、改正後は同条第八項………以下単に第七項という)の所得の計算に関し(所得は総益金から総損金を控除した金額法人税法第九条第一項)必要な事項は命令でこれを定める旨の委任命令によつて昭和三四年政令第八六号により新たに追加された規定であつて、昭和三四年四月一日以後に終了する事業年度分の法人税について適用(昭和三四年政令第八六号附則第二項)されることとなつたものであるところ、同規則第六項第四号によると会社が同族会社であるか否かの判定の基礎となる株主若しくは社員又はこれらの者の同族関係者は法人の使用人としての職制上の地位を有しかつ常時その職務に従事していても法人税法上においては使用人としての職務を有する役員すなわち使用人兼務役員としては取扱われないこととなるのでこれらの者に対する賞与は所得の計算上損金算入を否認(同規則第一〇条の四本文)され、益金として所得に加算され課税対象となることとなる。しかしながら、元来株主および同族関係者といえども法人の使用人となつてその職務に従事することは何等差支えのないところであつて、これに対し使用人賞与が支給されればそれは当然法人がその所得を得るために出捐した法人の必要経費であつて法人の所得の計算上損金に算入されこの金額は課税対象から除かれるのが当然である。それは法人の必要経費であることに何等異なるところがないからである。これらの株主及び同族関係者はたとえ株主総会、その他において、又はそれらを通じて法人運営に大きな影響を与え得るとしても、それ自体直接に、又は具体的に法人業務の執行権を有しないのであつて、法人の代表取締役、専務常務取締役等の如く代表権又は表見代表権を有し具体的な法人業務の執行を担当する役員とは直ちに同一視することは出来ないのである。法人業務の執行を担当する役員はその職務の性質上その使用人となり得ないし、使用人の職務を遂行しても使用人としての職務の遂行とは看做し得ない。けだし、かような職務の執行は、それ自体役員の業務執行とみられるからである。しかし、株主および同族関係者はこのような役員とは異なるのである。本来法人業務の執行の局外者であるから、業務執行担当者の補助者として使用人の地位にあつてその職務を従事するときは、真実法人の使用人とみられるべきものである。しかるに前記規則はこれらの株主および同族関係者の使用人兼務を否定することによつて使用人分の賞与の損金性を否認して益金に計上すべきものとする。これはまさに、使用人分賞与として損金に計上され課税の対象とならなかつたはずのものを、益金に計上させることによつてこの部分を新たに課税の対象とするもので、要するに新たな租税を設けると同一の効果を招来するものである。これらの株主および同族関係者について他の見地からこの規則のような取扱をしようとするならば租税法律主義の立前上それは法律によつてなすべきである。
前記の法人税法第九条第七項の「所得の計算に関する事項の委任命令」に基づく規則を以てしては、このような新たな租税を設けると同一の効果を招来する基本的な内容を追加規定することはなし得ないものというべきである。前記規則第一〇条の三第六項第四号は租税法律主義に違反するもので適用出来ない。もちろん、この点に関しては、昭和四〇年法律第三四号による改正法人税法(昭和四〇年四月一日施行)第三五条によつて新たに規定(法律によつて)せられたところであるがこの改正法人税法施行の前である本件には改正法が適用せられないのは当然である。従つてこの点に関する被告の主張は採用出来ない。
そうすると、前記認定の如く、山口光ら四名が原告の平取締役としての役員をかねた使用人であつたのであるから原告の他の使用人の賞与の額などから勘案して山口光ら四名の使用人分の賞与がどの程度の額(割合)であつたかが問題となつて来る。
証人山口光、同山口栄、同伊藤金一郎、同上田一郎の各証言に弁論の全趣旨を綜合すると、山口光ら四名に支給された賞与はすべて使用人賞与名下に支給され、その支給期日も一般の使用人と同様、毎月七月と一二月であつたこと、山口光ら役員には各該当事業年度において使用人賞与とは別に役員賞与が支給されていたことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。そうすると、山口光らに支給された前記金員はその支給額が客観的に相当であるか否かは暫く措くとしても、一応使用人賞与として支給されたものといいうるのであるが、又一方今日の社会情勢からみて使用人賞与とはいいながら給与の不足額を補う意味が大きい点に鑑みれば、山口光らに支給された前記賞与中法人の事業活動上の必要経費として損金に計上することを認められるべき使用人賞与の額は特段の事情のないかぎり一般の使用人に支給される使用人賞与の支給率によつて算出した額とほぼ同一の額であるといわねばならない。しかるに、前記証拠によると、原告会社が山口光ら四名に支給した各事業年度の使用人賞与の支給率は、一般の使用人に支給された賞与が当該使用人の月額給料の平均約五ケ月分であるのに対し、平均約一〇ケ月分であつたことが認められ、前顕証人らの証言中右認定に反する部分は採用せず、他にこれを覆えすに足る証拠はない。そうだとすると、山口光ら四名に対し使用人賞与名下に支給された賞与の額は、少くとも、役員を兼ねない一般の使用人の賞与支給率の約二倍の支給率によつて算出されたものであるといわなければならないから、特段の事情のない本件においては、山口光ら四名に対し本件各事業年度において使用人賞与名下に支給された金額(別表二記載)のうち使用人賞与として損金に計上すべき金額はその各半額(別表三の(3)欄記載)であると認めるのが相当である。(残り各半額は役員賞与といわざるを得ないから各事業年度の所得の計算上益金に計上されなければならないのはやむを得ないところである)
三、以上認定したところに従えば、原告の第一ないし第四事業年度の所得金額は別表三の(3)欄記載の如くなるから、この所得金額を超える被告の本件再更正決定、更正決定は違法となる。
よつて原告の本件請求はその余の点を判断する迄もなく右の限度内で理由があるから本件処分中右違法な部分につきこれを取消し、原告その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石崎甚八 藤原弘道 福井厚士)
(別紙省略)